社員インタビュー
姜 昌勲
セールスプロモーション事業部
2022年・中途入社
大学1年のときから、モデルの仕事を始めました。就活も一応してたんですけど、当時は「自分ができることとか、やりたいことで生きていきたい」って気持ちが強くて。 それで、モデル事務所一本でやるって決めました。 名古屋の事務所に入って、ファッションショーとかがメインで活動してました。大学時代も含めて気づけば6年くらいやってました。 ただ、地方ってどうしても仕事が少なくて。「このままでいいのかな」って、ずっと思ってましたね。 そのうち、だんだん「もっと大きいファッションショーに出たい」って思うようになって。 そこでJMAのオファーが来て、東京に行きました。Amazon Fashion Weekも出させてもらって、4ブランドくらい歩きました。 でも、東京に行って最初に思ったのは…レベルが違うなってことです。 名古屋のモデルたちとは全然違って、東京のモデルって僕が可愛く見えるくらい尖ってて(笑)。普通に圧倒されました。 ただ、東京に行ったからって仕事が一気に増えたわけでもなくて。大きいショーって年に2回くらいしかないじゃないですか。 「これ、まずいな」って思って。そもそも東京とか名古屋だけじゃダメなんじゃないかって考えるようになりました。 そこから海外の事務所を探す旅に出たんですよ。最初はロンドン、その次はパリ。 一人で動き回ってたんですけど…結果はダメでしたね。 「海外の最高峰の事務所に入るには、まず経験が必要だな」って思って、次は韓国のモデル事務所と契約を取りました。 でもソウルファッションウィークのオーディションは全滅で…。気づけばその時27歳でした。 当時のモデル市場って若い子の需要がすごく強くて、「そもそも自分はモデルとして続けるのか?」って悩んでたタイミングで、コロナが来たんですよね。 モデルの仕事が一気に全部なくなって、「やばい」ってなって名古屋に帰りました。 正直、夢を諦めてた部分もありました。 それでも、まだモデルをやりたい気持ちは残ってて。アパレルで働きながら、モデルも続けようとしてました。 その時、付き合ってた彼女と別れ話になったんです。 「ちゃんと一般的な正社員として働いてほしい」って言われて。 その言葉が、めちゃくちゃ刺さりましたね。 今振り返ると、僕ってこれまで“自分の人生の意思決定”をちゃんとできてなかったんだと思います。 彼女の言葉が、決めるきっかけをくれたので…そこは今でも感謝してます。
面接を担当してくれた2人の人柄が、まずすごく良かったんですよね。雰囲気というか、熱量というか。 「この人たち、ちゃんと本気で向き合ってくれてるな」って感じました。 当時の僕はアパレルで店長をやってたので、面接でも「売上を上げることに対してどれだけ熱量を持ってやってきたか」っていう話を結構したんです。 今思えば、ちょっと建前も入ってたかもしれないですけど(笑)。 でも、その熱量に対して、相手も同じ熱量で返してくれたのがすごく嬉しくて。 「あ、この人たちとなら一緒に働きたいな」って、素直に思いました。
今の役割は、中部のセールスプロモーション事業部と、関西のイベント事業の統括です。 正直、「統括のタスクってこれです」って言語化するのは難しいんですけど…何をするにしても、最終的な意思決定は僕がやる立場ですね。 採用も僕が決めますし、現場の方針も僕が決める。最終権限が自分にある分、責任はめちゃくちゃ感じます。 2年前は中部で代理店担当をしてたんですけど、配置転換があって「別の事業をやってくれ」って言われたんですよ。 その時、ある上司と一緒に仕事をすることになって、横について学ぶ形だったんですけど…今思えば、その経験が今の考え方のベースになってます。 その上司に会う前の僕って、完全にプレイヤー思考だったんですよね。 「自分で数字を作る」「自分でやる」っていう考え方が前に出てた。 でも一緒に仕事していく中で、考え方が変わりました。 みんなを動かして、チームとして成果を最大化する。1人で動くのって、やっぱ限界があるじゃないですか。 より大きな成果を出すには、“自分がやる”だけじゃダメで、“やってもらう仕組み”を作らなきゃいけないって。 僕はまず、その上司の動き方を見て学んで、自分なりの解釈を作るんです。 で、上司と答え合わせをする。そうやって少しずつ「正解の型」を自分の中に増やしていきました。 振り返ると、あの時がプレイヤーからマネージャーに視座が上がったタイミングだったと思います。
キャリアアップって、「上司が引き上げてくれるもの」だと思ってませんか? 僕は正直、それは違うと思ってます。結局、自分で取りにいくしかないんですよね。 下の子を見てても思うんですけど、「手を差し伸べてくれる人がいるレベルまで到達してない」っていうのが正直なところで。 誰かが助けてくれるのを待ってるというか…待ちの姿勢になってない?って。 でも、待ってても何も起きない。 自分でチャンスを作りにいくしかないし、主体的になるしかないんです。 じゃあ何をすればいいかっていうと、まず「会社から何を求められてるか」を理解すること。 その上で、「自分の解釈が、会社の意思決定とズレてないか?」を常に確認する。 ズレてるまま頑張っても、評価も成果も噛み合わない。 だから、会社が向かってる方向にちゃんと自分を合わせて、そこに向かって自分から進む。 「進ませてくれるのを待つ」だと、そこから先はないと思ってます。
決まったのは前期の期末ですね。社内の状況もあったんですけど、その期、僕が担当していたチームだけが目標を達成してたんですよ。 で、2025年の7月、来期の組織図を編成するタイミングで正式に言われました。 その時に「早かったね」って言われたのが、正直めちゃくちゃ嬉しくて。 ちゃんと認めてもらえてる感じがあったし、承認欲求は満たされましたね(笑)。 プレッシャーは…あんまないです(笑)。 もちろんゼロじゃないんですけど、プレッシャーより「責任感」の方が強かったですね。あと、自信もありました。 逆に心配だったのは、今までとは違う事業の統括になって、新しい部下とのコミュニケーションです。 そのギャップは結構大きかったし、正直、今でもあると思ってます。 でも、僕はその子たちを成長させていかなきゃいけない。 そこは今、いちばん向き合ってるところですね。
正直、限界を感じたことはあんまりないんですけど… 「この仕事、もしかしたら合ってないかも」って思ったことはあります。 合ってないっていうより、「自分、下手だな」って思った瞬間ですね。 特に部下とのコミュニケーション。 僕、一対大勢に喋りかけるのが苦手なんです。 大きい組織の会議で発言するって、言葉の重みも責任も大きいじゃないですか。しかも他にもやることが増えて、現場の人たちとコミュニケーションを取る時間も減っていって…。 そうすると、会議に来たくなさそうな社員が出てきたり、僕の発言に対してリアクションが薄かったりするんですよ。 やっぱり表情に出るんですよね。会社としてやりたいことを話してるのに、みんなの顔が輝いてない。そこは正直、結構きつかったです。 これは今でも自分の弱みだと思うし、ちゃんと向き合わなきゃいけないって思ってます。 でも、悲観的にはならないです。 自分を客観視できるので、「課題として認識できてる時点で前進だな」って捉えてます。 あと、この問題って短期的に“気合いで解決”できるものじゃないなと思ってて。 だから僕は、まず仕組みを見直す方向に振りました。「仕組みで解決しよう」って。 具体的には、まず1on1に持っていく。僕、1on1は得意なんですよ。 それと会議の形も変えました。人数を絞る。組織の編成も変える。 要は、“自分の得意な形に寄せる”っていうことですね。 正直、結果はまだこれからです(笑)。 でも、やっていく中で変わっていくと思ってますし、その都度見直す瞬間は必ず来る。そこからまた改善していけばいいと思ってます。
難しいですね…(笑) でも、ちゃんと部下を輝かせられるリーダーになりたいと思ってます。 どっちかというと、僕自身はこれから“どんどん主役じゃなくなっていく”感覚なんですよね。 現場で働く稼働メンバーとか、代理店担当の人たちを輝かせてあげたい。 この人たちが「会社の顔」になれるように、自然と前に出られる動きが生まれるような、そういうリーダーになりたいです。 考えてみると、モデル業やってた頃とは強烈に変わりましたよね(笑)。 でも、いつかみんなそうなるんじゃないかなとも思うんです。ずっと自分が輝き続けるわけじゃないし、なるべくして今の立場になってるというか。 この前、久しぶりに会ったクライアントさんにも言われました。 「現場に入ってた時と比べて、丸くなったね」って(笑)。
待ってるだけじゃダメなんですよね。 与えられるだけでもダメ。 みんなそれぞれ自分の人生を生きてると思うし、 「どんな人生が幸せか」って、結局人に決めてもらうものじゃないと思うんです。与えられるものでもない。 だから、自分から掴みにいくしかない。 最初は小さな一歩でいいと思うんですよ。気持ちが小さくてもいい。 でも、その一歩を積み重ねていけば、どんどん大きくしていける。僕はそう思ってます。
2023年・中途入社
2024年・中途入社